北海道寿都町における施肥事業について
北海道寿都町(すっつちょう)では、水産廃棄物や木質チップ、下水汚泥などを活用した「堆肥分解性ブロック」をつくり、海藻藻場の再生に取り組んでいます。
2010年度から堆肥(たいひ)生産試験を開始し、2011年には堆肥製造施設を整備。堆肥を加工した上で、地域の活動として住民の方々と一緒に海への施肥(せひ)を行っています。
<お話を伺った方>
寿都町役場 産業振興課 水産係
櫻井隆丞様
山崎賢流様
Q. 寿都町での施肥事業や藻場再生について、取り組みに至った経緯や取り組みへの想いについて聞かせてください。
櫻井様
役場への入職の経緯としては、私が通っていた大学と寿都町が協定を結んでいた関係で、大学生の時から寿都町の臨海実験所に来ていました。
臨海実験所は使われていない小学校を再利用した研究施設で、そこで大学時代の研究室の教授と、当時の寿都町の産業振興課長が、寿都町の磯焼け対策をはじめ、寿都町の水産関係の取り組みを推進していました。本当は別の会社から内定をもらっていたのですが、寿都町が水産関係の人材を探していたこともあり、大学と寿都町との話のなかで「寿都町役場に入ることができた」というのが本当のところです(笑)
私が入職した頃は、当時の町長と水産関係のプロフェッショナルである瀧山さんを中心に、磯焼け対策に取り組んでいたのですが、なかなかうまくいかない状況でした。また、企業に参画してもらって試験なども行っていたのですが、試験終了に伴って磯焼け対策の取り組みも止まってしまうこともありましたね。
磯焼け対策については、試験や対策を行っていた時期もあれば、活動が下火になった時期もあったりと、活動に波があったのが正直なところです。最近はブルーカーボンが注目され、北海道全体でも海の取り組みが盛んになっています。
現在の施肥の事業に取り組む前は、新日鉄さん(現:日本製鉄株式会社)が鉄鋼スラグと腐植土を合わせて、コンブに栄養が行き届きやすいようにする試験を行っていました。その取組みからヒントを得ながら、寿都町でも独自での磯焼け対策や藻場再生の取り組みを進めています。
山崎様
私は、生まれも育ちも寿都町で、学生時代も寿都町で過ごしていました。小学6年生の時や中学生の時に、授業に役場の方が訪れ、寿都町の風力発電をはじめ、寿都町の取り組みや役場の仕事について教えていただきました。
将来的にやりたいと思えることもなかなかない中で、「地元に残って恩返しがしたい、町のために働いてみたい」と思う気持ちが芽生え、高校卒業後に寿都町役場に入職しました。
寿都町の施肥の事業についても、施設見学という形で堆肥ブロックの工場を見たことはあったのですが、役場に入職するまではここまで大規模に取り組みを進めていることは知らなかったですね。水産係に配属されてから知ることは本当に多いです。
施肥の事業は、まだ寿都町のなかでも広められておらず、水産業に関わる方が知っているほどです。磯焼け問題の深刻さを、もっと多くの人に知ってもらいたいなと思っています。

Q. 実際に寿都町ではどのような水産関係の取り組みを推進していますか?
山﨑様
寿都町では、コンブの養殖事業を行っています。今日の午前中も、ロープに昆布の種苗糸を挟み込む作業をしていました。また、地元の潜水士さんと船に乗り、ウニによる海藻の食害状況についても調査しています。
寿都町では、毎年4月に「全町民海岸クリーン大作戦」という海浜の清掃活動を実施しています。また、2024年から新たに、町民の方々に寿都町の施肥の取り組みを知ってもらおうと、海浜清掃と一緒に、「施肥玉(せひだま)」を海に投げ入れていただきました。通常、漁師さんたちと一緒に海に投下している堆肥ブロックは重いのですが、堆肥を球形に加工し、誰でも投げやすい形にしました。
瀧山さん(前述)と、寿都町の堆肥製造施設で働く田名辺さんが、堆肥ブロックを作っているのですが、お二人のアイデアで、誰でも投げやすい形の施肥玉を作った、という経緯になります。子どもたちも楽しそうに海に施肥玉を投げてくれていて、とても嬉しかったです。
海洋ごみも大きな問題ですが、磯焼けも深刻な問題です。磯焼けについても知る方が一人でも増えてくれると嬉しいです。
櫻井様
長らく水産関係の取り組みに携わっていますが、新たな発想や取り組みは中々できていませんでした。施肥の事業も、はじめた当初は寿都町の広報誌にも大々的に載せてもらっていましたが、それでも海の問題は中々知られていませんでした。新しく取り組んだ「施肥玉」によって、より多くの方々に知ってもらえたのは嬉しいですね。
Q. 寿都町の水産係や堆肥ブロックの取り組みについて教えてください
櫻井様
寿都町の水産係は現在2名で、寿都町の水産関係の取り組み全般に対応しています。
寿都町は地域がら農家が1軒なので、農業用の堆肥とは別で、海に栄養を行き届かせるための堆肥ブロックを製造しています。寿都町は日本海に面しているため、冬は厳しい波が来ます。その波にも耐えられる硬さが必要なため、ハンマーで殴っても壊れない硬さの堆肥ブロックを製造しています。
年に2回は堆肥ブロックを投入したいと考えているのですが、今は年に1度、堆肥ブロックを寿都湾に投入する形になっています。寿都町ではホソメコンブを生やしたいと考えているので、ホソメコンブの発芽の時期である1月〜2月頃に堆肥ブロックを海に投入できるのが理想ですが、1月〜2月は海の時化(しけ)が厳しい時期でもあり、漁にも出られない状況になることが多々あります。
そのため、現在の堆肥ブロック投入は3月頃なのですが、1月〜2月は日本海の栄養の濃度が高い時期ではあるので、栄養の濃度が下がってくる3月頃に入れるのは良い時期だと思っています。
Q. 海藻藻場の再生について、効果はどのように測っていますか?
櫻井様
代表的なエリアについては、年に1度、海藻がいちばん繁茂(はんも)する5月〜6月上旬にかけて、ドローンによる空撮や潜水士の方々と海に入って、定点の写真撮影や、海藻の現存量調査を行っています。
Jブルークレジットにもつなげられたらと思っていますが、藻場再生に取り組む中で、なかなか手が回っていない状況です。
Q. 水産係として寿都町の海に問題意識を持ちながら幅広い取り組みを推進されているんですね。あらためて、どのような問題があるのでしょうか?
山崎様
まずは、漁師さんの減少。また、漁師さんが高齢化していく一方で、若い方の参入も中々厳しいのも問題となっています。
施肥玉をはじめ、多くの方々に水産関係の取り組みを知ってもらおうとしているので、漁師さんや水産関係の仕事について、一人でも興味を持ってくれる方が増えると嬉しいです。
櫻井様
磯焼けも大きな問題ですね。海藻が無くなり、海の岩肌が真っ白になってきています。
一番の原因は、水温の上昇によって、冬場にキタムラサキウニが活性化してきていることです。水温が低い時は、ウニは活性化しませんでしたが、温暖化により水温が上がってしまったことでウニが冬も動くようになってしまい、コンブが芽のうちから食べ尽くされてしまっています。
また、水温が高くなることによって、海自体の栄養も低くなりコンブも生育が悪くなってしまいます。色々なことが絡み合って、磯焼け問題が起こっています。
北海道の南のほうに行くと、磯焼けはもっとひどい状況になっています。磯焼けが段々と北にも広がっており、寿都湾の磯焼けも中々回復させられない状況になってしまっています。
水産物の変化も大きな問題です。水温の上昇や磯焼けなどで、採れる水産物も変わってしまっています。
小女子(こうなご)も名産品ですが、去年の収穫量はゼロでした。ホッケも多く採れる地域でしたが、かなり減りました。その他、秋鮭も去年・今年と減少しています。
寿都町は海の恩恵を受けてきた地域ですが、自分たちで育てないといけないという意識で、昭和40年くらいからホタテの養殖も始めていました。良い年は400tほどの水揚げがありましたが、現在は100tにも満たない生産量に落ち込んでいる状況です。北海道各地でも同様の現象が起きており、海に稚貝を入れても育ってくれない状況です。
すべてに環境の変化が絡んでおり、どうしようもなく、辛い部分もあります。
Q. 取り組みを推進する中で難しい点はどのような点でしょうか?
櫻井様
堆肥ブロックの投入をはじめた当初は、投入量も少なかったため、小さな船を使って堆肥を投入していました。施肥事業が軌道に乗ると施肥の生産量も増えてきたので、小さな船だと何往復もしなくてはならない状況になりました。そこで、大きな船で堆肥ブロックの投入を行うようになりました。
しかし、大きな船だと浅瀬に行けないため、藻場の近くに堆肥ブロックが投入できず、コンブがどんどん減少してしまい回復が厳しい状況になってしまいました。
施肥を行うことも重要なのですが、ウニの食害対策も必要です。年に1回、海に潜ってウニの密度管理を行っているのですが、年に1回では足りないですね…。ウニ対策に力を入れたい想いはあるのですが、なかなか時間が作れないのが本音でもあります。ウニ対策を行う必要がある冬場は、シケも多いので、海況の変化にも対応しながらやらなければいけません。
コンブが育つ藻場がなくなって来ているので、ロープにコンブの種苗を挟み込んで岩場に設置することで、人工的に増やす手法を試みています。コンブが育ち、育ったコンブから種が飛んで自然に生育していくようにしたいですね。
Q. これから目指している姿について教えてください
櫻井様
最終目的は、藻場を広げることです。今は、減ってしまっている藻場を何とか維持している状況です。藻場を広げていくのが理想ですが、10年ほど取り組んでいてもなかなか上手く行かない状況です。
今の環境は、これまでの取り組みによって保たれていると思っています。しかし、施肥だけでは藻場は回復しないので、ウニの管理やコンブを生やす取り組みも絡めて、着々と取り組みを進め、藻場が広がり、藻場再生のモデルケースを作れたらと思っています。
寿都湾でも、隣町でも、どんどん海に栄養を投入して、海に栄養が満ちていけば、海藻藻場が広がっていくのでは…。と思うのですが、難しい状況ですね。
昔は、水産加工施設の残渣を海に流し、海に栄養が行き届いていた側面もあると思います。一方、現在は海に排水や残渣を流すことへの制約は厳しくなっており、海に栄養が行き届かなくなっている状況もあると思います。国や北海道として、海に栄養を行き届かせるための思案もしてもらえたらと思います。
山崎様
堆肥ブロックを投入することも大事ですが、コンブの種が無い場所や、コンブが生育していない場所に施肥を行っても全く意味がありません。しかし、コンブの種不足は深刻な問題であり、打開策が見つけられていないのが現状だと思います。コンブの赤ちゃん(種)を増やすような独創的なアイデアがあれば良いと思っています。そのためにも、全国的な藻場再生に関する取組の情報共有ができれば、磯焼け対策もより活発に進んでいくと思っています。
Q.目指している姿の実現に向けて、今後どのようなことが必要になりますか?
櫻井様
藻場の再生について、今は寿都町役場が主体となって施肥を行っていますが、漁業関係者・水産関係者にとっても深刻な問題です。関係者が危機意識を持って、より主体的に取り組んでいく必要があると思っています。
今後も海の再生に取り組んでいくには、人が大事です。水産業界は特殊なことばかりで、1~2年かじったくらいではわからないことだらけです。役場も水産業の関係者も、担当が変わって状況がわからなくなると、取り組みが進まなくなってしまいます。役場としても長く取り組んでいく必要がありますし、漁協にも水産業全体を考えられる職員がいて、一緒に取り組んでいける体制を作っていく必要があると思っています。