椹野川河口域・干潟自然再生協議会について
椹野川の河口域から山口湾に広がる広大な干潟(約344ヘクタール)は、多くの渡り鳥や野鳥が訪れる場所であり、“生きている化石”とも呼ばれるカブトガニの生息地としても知られています。この干潟は全国的にも非常に貴重な自然環境で、環境省の「日本の重要湿地500」に選定されています。
山口県では、平成15年(2003年)3月に策定された「やまぐちの豊かな流域づくり構想(椹野川モデル)」に基づき、椹野川の流域に関わる様々な主体が環境保全や調査に協力して取り組んでおり、平成16年(2004年)8月には「椹野川河口域・干潟自然再生協議会」が設立されました。
また、令和4年(2022年)には同協議会で「ブルーカーボンワーキンググループ(以下、ブルーカーボンWG)」を設立し、ブルーカーボンに関する取り組みを推進しています。
https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/soshiki/41/20715.html
<お話を伺った方>
・椹野川河口域・干潟自然再生協議会ブルーカーボンWGリーダー
山口大学工学部教授 山本浩一様
・椹野川河口域・干潟自然再生協議会 事務局
山口県自然保護課 柿薗博美様
Q. 椹野川河口域・干潟自然再生協議会として、ブルーカーボンWGを設立し、活動を始めた経緯ついて伺わせてください。
柿薗様
私たち椹野川河口域・干潟自然再生協議会(以下、協議会)は、産官学民の連携で「干潟や藻場の回復」「生物多様性の向上」「地域住民が楽しめる干潟づくり」を進め、自然環境の再生と地域の人々が干潟と触れ合える環境づくりを目指しています。
令和4年度(2022年度)から、「ブルーカーボンWG」を立ち上げ、山口大学の山本浩一教授にリーダーを務めていただいています。
山本様
私自身はインドネシアでの熱帯泥炭地やマングローブの研究の過程で植物が地面に炭素を貯める力を見てきました。2008年から協議会に参画し、そこから時を経て、2022年に「ブルーカーボンWG」を設立しました。
協議会としては、元々、魚介類などの水産資源を増やすためにアマモ場の造成に力を入れていたと認識しています。一方、この「ブルーカーボンWG」ついては、水産資源ではなく「気候変動に伴う脱炭素の手段」「生物多様性の増加」「環境学習の場としてのアマモ場の重要性」を捉えて、活動をスタートしています。
柿園様
協議会の設立当時は「水産資源を増やすためのアマモ場の造成」を目的とした取り組みも行っていましたが、ブルーカーボンWGでは、自然環境の変化や世界的な取り組みの変化を受けて、自然再生、地球温暖化対策などの新たな視点から取り組みを推進していければと考えています。
Q. どのような想いを持って、ブルーカーボンWGを設立し、活動をスタートされたのでしょうか?
山本様
直接的な契機としては、Jブルークレジット🄬(ジャパンブルーエコノミー技術組合)が立ち上がったことです。「山口県でも何かできないか?」と、山口県や山口市の行政関係者や、企業の方々と対話を重ねて、協議会にブルーカーボンWGを設立しました。
Jブルークレジットの認証を受けるのは中々ハードルが高いことも認知していましたが、生物多様性の観点からもアマモ場の価値を見直したり等、ブルーカーボンに関連した活動を進める良い機会になると期待していました。
ブルーカーボンについては、私は元々、インドネシアの熱帯泥炭地や沿岸のマングローブの炭素貯留能力を研究していました。インドネシアの泥炭地における大規模火災を防ぐためのプロジェクトに関わりながら、植物が有機物を地中に貯めていく力を目の当たりにし、自然の圧倒的な力を感じていました。
インドネシアでの研究を進めながら、山口湾でも熱帯泥炭地と同様に、海中・海底での植物や藻類による炭素貯留が起こっているのであれば気候変動の緩和に役立つかもしれないと感じ、アマモの炭素貯留能力も見直したいと思うようになりました。また、「気候変動にも役立ちながら、生物多様性の増加も見込めるのは一挙両得ではないか」と、ブルーカーボンに関連する活動を非常に魅力的に思うようになりました。
ブルーカーボンWGでは、「アマモがどのように炭素を地中に貯留していくのか」「アマモの残渣(ざんさ)はどのように分解されていくのか」「アマモの残渣を地中に埋設(まいせつ)することで炭素を貯留するにはどうすれば良いか」などを研究しながら、協議会の活動を進めております。
実は、私の専門領域である「植物がどのように炭素を地中に貯留していくのか」といった研究は、一般の方々にとってはなかなか興味を持ってもらいにくい領域です(笑)。多くの方々に興味を持ってもらえるように、環境学習の場としてアマモ場の生物多様性を伝える活動を行いながら、ブルーカーボンに関する研究や取り組みを進めています。
柿薗様
ブルーカーボンWG立ち上げの経緯としては、2021年の夏頃に中電技術コンサルタント株式会社と山口大学から「協議会でブルーカーボンの取り組みを進めて行きたい」と相談をいただいたのが始まりです。山口市・山口県・学識者・水産関係の方々・中電技術コンサルタント株式会社などと連携して2022年にブルーカーボンWGをスタートしました。立ち上げを機に中電技術コンサルタント株式会社にも協議会の委員になっていただき、ブルーカーボンWGの活動を推進しています。
Q. 2022年度の立ち上げから、現在までのブルーカーボンWGの活動内容について教えて下さい。
柿薗様
ブルーカーボンWGを立ち上げた2022年は、メンバーで集う機会を年に数回設けて、勉強会の実施や、活動計画についての話し合いを進めていました。
山本様
2023年は、私が山口大学で行っている研究をブルーカーボンWGと連携させながら活動を進めてきました。2024年から、アマモ場を広げる活動を本格的に推進しています。2024年5月にアマモの生殖株を採取して束ね、アマモ場の無いエリアに植える活動を行いました。
アマモ場の造成については、ブルーカーボンWGの主要メンバーである岩谷潔さん(山口大学農学部 非常勤講師)に全面的に協力してもらい進めています。アマモ場の造成は難しいところが多々あるのですが、工夫を重ねて「設置したロープにアマモを結わえる」という方法を取りました。通常、アマモの種は保存・養生が必要だったり、植える際にはダイバーが必要だったりしますが、この方法なら市民活動的にアマモ場の面積を広げることができます。
山口湾のアマモ場では干潮時には視界いっぱいにアマモ場が広がることに加えて、時折イカやアナゴ、カブトガニなどの生物も見られ、とても楽しいですね。今年11月には船上から水中カメラでアマモを観察する活動を行いました。
2024年度はモデルケースとして限定的なメンバーで造成活動を行いましたが、今後はより多くの方々に参加いただきたいと考えています。たくさんの生き物も見られるので子どもたちにも喜んでもらえるのではないかと思っていますし、たくさんの方々に参加いただくことで、アマモ場の面積もより広がっていくと思っています。
来年度以降は、5月頃にアマモを植え、定期的にアマモ場の面積を測定していく活動を繰り返す想定です。ブルーカーボンWGのメンバーだけでなく、一般の方々も参加しやすい方法を模索しています。
また、アマモ場の研究も進めています。
例えば、アマモ場で海底泥が固くなる事象について研究を行っています。「なぜ、アマモが育っているエリアでは泥が固くなるのか?」をテーマに、干潟の泥を定点で調査しています。
また、アマモの埋設についても研究しています。浜に打ちあがったアマモの残渣を海底泥に埋設すると、アマモが蓄えた炭素を空気中に放出しないため、環境には良いと考えられます。一方で、アマモの残渣は砂浜の昆虫や甲殻類の良いエサにもなっているため、アマモの残渣を底泥に積極的に埋設すること自体それらのエサを収奪しているとも捉えられます。つまり、アマモの残渣の埋設は、環境には良い一方で、生物多様性についてはマイナスの影響を及ぼす懸念があります。
また、例えば漁港に打ちあがったアマモの残渣を埋設するのは廃棄物処理の観点からさまざまな制約があるため、現在は限定的なエリアで「アマモがどのように分解されるのか?分解されないのか?」について研究しています。
アマモの残渣については、様々な影響を多面的に考慮しながら、環境と生物多様性の両面に役立つように研究を進めているところです。
柿薗様
協議会として、干潟再生や生き物観察の活動も行っております。4月の干潟耕耘等の活動では、地元の漁協、住民をはじめ、大学、企業、行政等、約200名の方々が参加してくれました。
また、ブルーカーボンWGで7月に「第一回山口湾アマモ観察会」として地曳網を使ってアマモ場の生き物を観察するイベントを企画した際にも、家族連れを中心に定員いっぱいの申し込みがありました。猛暑により残念ながら中止としましたが、興味を持っている方が多くいることが伺えました。
山本様
アマモ見学会はその後11月に延期して実施しました。限られた人数ではありましたが船の上からのアマモ見学を実施しました。船に乗って海の上からアマモを観察したり、水中カメラを使って海底のアマモを観察したり、発芽したアマモの種を実際に見てもらったり、大人の皆さんにも楽しんでもらえました。実は私自身も研究活動の途中でイカやタコなどアマモ場の生きものに出会えるのを楽しみにしています(笑)。
Q. 様々な活動について教えてくださりありがとうございます。ブルーカーボンWGとして今後目指している姿について教えて下さい。
山本様
私は山口湾の、今の自然が美しいと思っており「美しい自然を皆さんに伝えたい」というのが中心にある想いです。
生物多様性などのキーワードも注目されていますが、一般の方々にとってはまだまだわかりにくいと思います。しかし、実際に干潟を訪れてもらうと、いろいろな生物が目に見えますし、生物それぞれに固有の役割があり、生物・植物・環境が相互作用して生きていることがハッキリとわかります。
このようにアマモ場・干潟と、そこにいる生き物たちを通じてアマモ場・干潟の生物多様性を知ることができ、さらにアマモが空気中の二酸化炭素を貯める働きもしていることも実感できます。アマモ場を環境教育の場とした活動方法を確立していきたいと考えています。
話題のカーボンクレジットですが、実はこれを主軸にしようとは考えておりません。「自然の美しさを伝える活動を中心に据えながら、一方でアマモ群落の拡大を試し、これがクレジットにも繋がれば…。」と思いながら活動を進めています。
柿薗様
活動を継続していくためには、人材・資金も必要になります。生物多様性が重要視されはじめていることも、協議会の活動の後押しになるのではないかと思っております。
現在は「ふしの干潟いきもの募金」を中心に資金造成を行っておりますが、企業の参画や投資の枠組みも模索し、協議会の活動を継続させていくための、人材・資金の継続性も考えなければいけません。
ブルーカーボンWGとしての取り組みを進めながら、協議会全体の活動の継続性も模索していきたいです。