2022年、ノリの色落ち被害に直面した鳥羽の海。そこから立ち上がった漁業者と行政が「ブルーカーボン」という希望に出会い、再び海に向き合う決意を固めました。豊富な海洋資源と共に生活を築いてきた鳥羽の海で、持続可能な地域振興に挑む人々の想いと実践についてお伺いしました。
<お話を伺った方>
JF鳥羽磯部漁業協同組合
事業部統括兼戦略企画室 室長
小野里 伸 様
鳥羽市農林水産課
水産係 係長
榊原 友喜 様
Q. 鳥羽港周辺海域でのノリ養殖については、ノリの色落ち被害からの復活など、想いを持って取り組まれているものと存じております。どのような想いで活動をスタートしたのかを聞かせてください。
小野里様
もともとのきっかけは、2022年の「ノリの色落ち被害」です。
※伊勢湾の高温化と栄養不足により、三重県の主要漁業であるクロノリの生産枚数が大幅に減少した。
ー参照:「先行き真っ暗」養殖クロノリ、トリプルパンチで大ピンチ 三重
https://mainichi.jp/articles/20220115/k00/00m/020/082000c

三重県は上質なノリが穫れる地域で、中でも鳥羽地区は県内でも生産量が最も多い地域です。
私はこれまでの仕事で、20年以上にわたってノリに関わってきました。そのため、ノリについては強い想い入れを持っていました。

実は、2022年時点では、まだ鳥羽磯部漁協の所属ではなく、ノリとは関係ない業務に就いていました。
しかし、2022年にノリの色落ち被害のニュースを見て、ノリ養殖が大変なことになっていることを知った際、「これまで関わってきたノリ養殖業者の皆さんが大変なことになっている」と居ても立ってもいられなくなり、2022年2月に、答志島(とうしじま)のノリ養殖業者の皆さんを訪ねました。
実際に答志島に行ってみると、ノリ養殖業者の皆さんが想いを持って育ててきたノリを、自分の敷地に廃棄せざるを得ない状況でした。ノリ養殖業者の皆さんは、「せっかく育ててきたノリが一円のお金にもならない…」「これからどうやって生きていくのか…」と話し、深刻で重い空気が流れているのを感じました。
そんな状況でも、ノリ養殖業者の皆さんは、自分が久々に答志島に来たことを歓迎してくれ、宴会を開いてくれました。
「つらい思いもあるけど、しょうがない」
「これから借金をしてでも、また何とかしていかないといけねぇな」
厳しい状況でも前向きに語る言葉を聴き、語り合う中で、自分の中から『もう一回、ノリに向き合いたい。向き合わないといけない。』そんな想いがあふれ出てきました。
その場に居たノリ養殖業者の方や漁協職員の方から、「こっちに来て、俺らと一緒にやってくれないか。」と声をかけられたことも後押しになりましたね。
それから約1ヶ月ほどで当時の仕事を辞め、鳥羽磯部漁協に行くことにしました。

また、前々から「ブルーカーボン」については知っていたので、
「色落ちしたノリは廃棄しなくてはならないが、CO2吸収には貢献してるのではないか」
「仮にノリを捨てることになっても、ブルーカーボンとして1円でも貨幣価値に換えられないか」
「捨てるはずのノリをブルーカーボンとしての価値に換えられるのなら、少しでも漁師さんたちの復活の手助けになるのでは」
…そんな想いを持って、2023年から本格的にJブルークレジット認証に向けて動き始めました。
榊原様
私は鳥羽市農林水産課の水産係に配属になり5年目です。
鳥羽市はゼロカーボンシティ宣言を掲げていることもあり、鳥羽市としても豊富な水産資源を活かしブルーカーボンに取り組みたい想いがありました。鳥羽市は、鳥羽商船高等学校や三重大学、三重県水産研究所、KDDIとの協定も結び、海洋DX(デジタルトランスフォーメーション)にも取り組んでいます。
「天然藻場を増やす」「養殖藻場を増やす」の両輪で取り組みを進めたいと思っていたところに、小野里さんから「養殖ノリのJブルークレジットを進めたい」と声をかけていただき、鳥羽市としても取り組みに協力する形になりました。
Q.取り組みへ想いについて聞かせていただきありがとうございます。その後どのように取り組みを進めたのでしょうか。
小野里様
「Jブルークレジットの認証を受けるにはどうすれば良いか」を考え始めてから、いろいろな人に声をかけはじめました。
色々な方と話をする中で、国土交通省 中部地方整備局さんも「伊勢湾管内でJブルークレジットの認証事例を検証したい」ということで、全面的に後押して頂いたのは心強かったです。
また、一般財団法人みなと総合研究財団(WAVE)の担当者の方にお会いした際に「海藻養殖でJブルークレジットの認証を目指したい」と相談したところ、すぐに中部地方整備局さんとも連携してくださりました。
我々・中部地方整備局・WAVEで、「鳥羽で地域連携型のブルーカーボンプロジェクトを進めましょう」と話がまとまり、思っていた以上に加速度的に取り組みが進むことになりました。
正直なところ「タイミングと運が良かった」部分がかなりあり、行政をはじめ地元観光協会や大学、研究機関など、関係者皆さんの協力が無くては成しえない事でした。
榊原様
小野里さんとの付き合いも長いですが、小野里さんはフットワークが軽く、人望も厚く、物事を進める力が素晴らしいと感じています。
ブルーカーボンの考え方からすると「食べてしまう養殖ノリを、どのようにブルーカーボンに換算するのか?」については難しい部分があると思っていましたが、理論を設計し、認証まで受けたのは本当にすごいことだなと思いました。
Q. 実際、食べてしまうノリをどのようにブルーカーボンとしてクレジット換算していくのでしょうか。
小野里様
ノリは、主に12月〜3月の期間でノリ網を張って海面で育てていきます。その間、原則、刈り取って食用にする部分のノリについてはCO2吸収に換算できないのですが、刈り取らない部分については海に残り続けます。
また、ノリ養殖の過程で、ノリがちぎれて海中に沈殿していくこともあります。養殖ノリでのJブルークレジット申請については前例が無かったため、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)の桑江理事長をはじめ、色々と相談させていただきながら理論を設計し、認証まで辿り着くことができました。
養殖ノリのブルーカーボンについては、理論通りにCO2吸収がなされているのか、海域によって、あるいは養殖方法の違いなどについて、今後も調査・研究を進めていく必要があると思います。

Q. 養殖ノリは、植食性魚類の被害もあるのではないかと思いますが、どのような対策を講じられてきたのでしょうか?
小野里様
鳥羽海域のノリ養殖については、長年植食性魚類の対策を行ってきています。
ノリを食べる魚としては、アイゴ、クロダイ、ボラ、などが居ますが、一番厄介なのはクロダイですね。クロダイは警戒心が強く頭が良いので、刺網をかけても網をかいくぐっていきますし、対策を講じてもイタチゴッコになってしまいます。
水中スピーカーで爆発音を鳴らしたり、大きなサメの模型を水中に沈めたり、様々な試行錯誤を重ねてきました。
しかし、いずれの対策も一時的な効果はあるものの、クロダイは慣れると対策をかいくぐってノリを食べてしまいます。結局のところ、物理的に網囲いをするしかないのが現状です。
Q. 取り組みを進める中で、上手く行ったこと・難しかったことについて教えて下さい。
小野里様
先にも述べましたが、ノリでのJブルークレジットについては前例が無かったので、何をどのように進めたら良いか全くわからない状況でした。
その中で、若手漁業者たちの協力は本当にありがたかったですね。
普段、ノリ養殖の情報共有で使っているLINEグループにて、「どんな写真でも良いから、とにかく毎日送ってくれ」と協力を仰ぎ、ノリの摘採(てきさい)を行う前と行った後の写真を毎日送ってもらったり、ノリの養殖期間中に摘採を行った日時・回数の記録をつけてもらったり、皆さんが残してくれた記録が、Jブルークレジットを申請する際の重要なデータになりました。

Jブルークレジットの認証については、例えば海にどれだけノリ網が張られているかなどの客観的なデータが必要です。Jブルークレジットの申請に取り組もうと決めた当初から、過去に遡って3年分の申請を行おうと考えていました。
しかし、過去の分については客観的なデータが無かったため、実証するために試行錯誤の連続でした。たまたま直近の申請分については、Googleの航空写真でノリ養殖の現場を見てみると、網が何枚張ってあるかを確認することができました。Googleの航空写真を拡大し、網数やワカメ養殖のロープの本数を地道に数える作業も行いましたね。
昨年は試験的に空中ドローンも活用してみましたが、高度が低いと全体が写らず、高度を上げると水面の反射や風波などで網数が数えづらいなどの新たな課題も見つかりました。
今回のJブルークレジットの認証を通じて、改めて客観的なデータを残しておくことの重要性を理解しました。

Q. 貴重なお話しを聞かせていただきありがとうございます。これから目指している未来について教えて下さい。
小野里様
我々が掲げているコンセプトは「人と資源の循環」です。
Jブルークレジットを売って終わりではなく、クレジットを購入してくれた企業さんとのつながりを大事にしています。漁業者の減少や高齢化をはじめ、資源や環境問題など、水産業を取り巻く状況は年々きびしくなっており、我々漁業関係者の自助努力だけでは解決できない課題も多くあります。
一方、海を取り巻く法律などの制約があるため、漁業や水産業の現場に、漁協の組合員でない企業などが入ってくるのは難しい現状もあります。そんな中でも海や漁業に関心を持ち、Jブルークレジットを購入してくれた企業さんには、もっともっと海や漁業の現場を知ってもらいたいと思っています。
例えば、2025年4月25日には、Jブルークレジットを購入してくれた企業・団体などをお呼びして、Jブルークレジットの対象としている養殖わかめの収穫を体験いただきました。

そのようなつながりを作りながら、実際に鳥羽の水産物を企業の社食などで扱っていただく話なども生まれてきました。
今後は、海の現場で社員研修を実施したり、新入社員の教育の場として活用いただくなど、企業と我々の双方のニーズを満たせるような取り組みを行っていきたいと考えています。
これまで連携が難しかった企業と水産業の連携のモデルを作っていきたいです。もう一つは「子どもの未来と海」がテーマです。
子どもたち向けに、海洋教育を通じたリーダーシップ合宿や、環境教育も行っています。海藻養殖や、磯焼け(※)の問題と植食性魚類の対策および有効活用、ブルーカーボンの取り組みなどについて触れながら、子どもたちに海の現場について考えてもらっています。
(※)海藻群落(藻場)が著しく衰退、消失していく現象
机上の論理ではなく、大人が環境問題に本気で取り組む姿を見せるからこそ、子どもたちにとっても「自分たちに何ができるのか」を本気で考える機会になると思います。
また、子どもたちが我々の現場に関わることで、漁業関係者にとってもモチベーションの向上にもつながります。環境問題をはじめ海を取り巻く様々な問題に、大人が向き合っていることを子どもたちに示したいと思っています。
海での実体験を持った子どもたちが「大人になってからも海について考えてくれる」「海に関する取り組みに携わってくれる」それが、目指している将来像です。

榊原様
鳥羽市としては、ゼロカーボンシティ宣言の実現に向けて、カーボンニュートラルの取り組みを進めていきたいと考えています。
一方、昨今の鳥羽市の水産業を取り巻く状況は、とても厳しいものがありました。平成29年から、三重県沖を流れている黒潮が大蛇行しており、その影響で海水温の上昇や、海の栄養不足が発生しています。そのため、ノリや牡蠣の養殖業などで生産量が大幅に減少したり、天然の魚の漁獲量も減少しています。
そういった厳しい状況のなかでも、水産業の振興を図るための一つの手段としてブルーカーボンを活用していきたいと考えています。水産業だけでなく、企業や研究機関、地域住民と連携しながらこの取り組みを進めることで、地域活性化にもつなげていきたいです。水産業の振興を中心にしながら、持続可能な地域活性化を実現していければと思っております。

編集後記
2022年のノリの色落ち被害をきっかけに、生き方を変え、再び海の現場に戻って活動し始めた小野里さん。当時、答志島で感じたことや芽生えた想い、これまでの取り組みをお伺いし、胸が熱くなりました。
黒潮の大蛇行による海の高温化や栄養不足など、厳しい環境変化のなかでも、想いを持って取り組みを進める姿勢に、我々も希望をいただきました。また、鳥羽市としても先進的な取り組みを進めており、これからの鳥羽市・鳥羽周辺海域の活動にも期待が膨らむ取材でした。
小野里様、榊原様、貴重なお話しを聞かせていただきありがとうございました。